おじさんの言い分
現役世代に負担を押し付けるという表現をよく耳にする。
医療費や介護費用など、
社会保障費用負担の文脈で使われることが多い。
確かにそうかも知れない、今この時点だけ見ると。
おじさんたちにも言い分はある。
何かにつけて制度や慣習が切り替わる時期を過ごし、
定年がどんどん引き上げられ、
介護保険制度の創設で急な負担増を強いられ、
会社での勤続◯◯年のご褒美が大幅縮小され、
“当時の現役世代”として甘んじて受けてきた当事者だ。
言いたくないが、我々こそ不公平感を抱いている。
我々おじさん世代は、散々負担を押し付けられて来て、
やっと楽できると思ったら、現役世代に押し付けると言われる。
いやはや損な役回りである。
もっとも人口構成という要素を加味すると、
おじさん世代と今の現役世代とを単純比較はできないのは分かってる。
百歩譲って、「現役世代に負担を押し付ける」という
言い方だけでも変えてはもらえないか。
「子供たち、ますます宝に、見えてくる」
医療費や介護費用など、
社会保障費用負担の文脈で使われることが多い。
確かにそうかも知れない、今この時点だけ見ると。
おじさんたちにも言い分はある。
何かにつけて制度や慣習が切り替わる時期を過ごし、
定年がどんどん引き上げられ、
介護保険制度の創設で急な負担増を強いられ、
会社での勤続◯◯年のご褒美が大幅縮小され、
“当時の現役世代”として甘んじて受けてきた当事者だ。
言いたくないが、我々こそ不公平感を抱いている。
我々おじさん世代は、散々負担を押し付けられて来て、
やっと楽できると思ったら、現役世代に押し付けると言われる。
いやはや損な役回りである。
もっとも人口構成という要素を加味すると、
おじさん世代と今の現役世代とを単純比較はできないのは分かってる。
百歩譲って、「現役世代に負担を押し付ける」という
言い方だけでも変えてはもらえないか。
「子供たち、ますます宝に、見えてくる」
この記事へのコメント